けにあもん vol.2
ボレ空港を出発した飛行機は、約2時間半、ナイロビを目指して南へと飛行を続ける。機内は、ビジネススーツに身を包んだ白人の男性2人を除けば、黒人しかいない。
座席は一番後ろ、左の窓側。天気が良く、眼下にはアフリカの大地が広がる。
なにもない、ただただ広い赤茶色の大地を眺め、自分が本当にアフリカに来たことを実感する。(写真撮っておけばよかった…)
一気に訪れる不安と興奮。これからの日々が楽しみな自分がいる一方で、今すぐにでも日本に帰りたいと思う自分もいる。こんなときにはコカ・コーラだ。世界中どこにでもある絶対的に変わらない味。慣れ親しんだ味に心を落ち着かせる。
そして18時15分。機体は無事に、ケニアの初代大統領の名前を冠したジョモ・ケニヤッタ国際空港へと着陸した。
まず入国審査。本来ボランティアは就業ビザでなくてはいけないのだが、色々手続きが面倒ということで、観光ビザで入国。2か月も滞在するのに観光ビザで大丈夫かと不安もあったが、そこはさすが日本のパスポート。すんなり通してくれた。
預けた荷物を回収し、ATMで現地通貨ケニアシリングを引き出して、空港を出る。外は既に真っ暗で、ゲートの灯りと駐車場の外灯だけが薄く辺りを照らしている。
僕は迎えに来てくれているはずの人を探すため、ゲートの外で待ち構えるケニア人たちが持つボードの名前を見ていった。一往復。二往復。。三往復。。。
ない。自分の名前が見つからない。
僕の様子を見かねて、近くにいたタクシードライバーが英語で話しかけてきた。この時点で僕の不安と警戒心はマックスだ。僕がインドで学んだことがあるとすれば、それは駅や空港の出口付近にいるタクシードライバーは危険だということ。大抵だましてくる。ぼったくりなら良い方で、強盗や強姦、誘拐もあり得る。基本的に無視すべき人たちだ。
しかし、SimカードもWi-Fiも持っていない僕にはどうしようもない。仕方なく、彼に相談することにした。
「タクシー乗るか?」
「いや、タクシーはいい。ある人が僕を迎えにくるはずだけど、いないんだ。」
「電話番号知らないのか?」
「知っているけど、僕の携帯電話は今使えないんだ。」
「電話番号見せてくれ」
そう言うと彼は、僕が見せた番号に電話をかけた。
「そこの銀行にいるみたいだぞ?」と彼が言う。
「本当?」
後ろを向くと、ちょうど空港のゲート脇にあったバークレイズ銀行から、なかなかの大男が携帯電話を耳に当てながら外に出てきた。190㎝ぐらいはありそうだ。
大男はこちらを見ると、手に持っていたボードを掲げた。「TATSUYA HANDA」。間違いなく僕の名前だ。
「彼か?」タクシードライバーが言う。
「そうみたいだ。ありがとう!」と僕が言うと、彼は手を差し出してきた。
お金か?と思ったが違う。握手だ。ケニアでこれから何十回、もしかしたら百回以上握手することになるが、僕のケニアでのファーストシェイクハンズはこのタクシードライバーだった。警戒心マックスで接して本当に申し訳ない。
大男がこちらにきたので、自己紹介をする。彼の名前はオネカ。僕が参加するボランティア団体のトップだ。50歳ぐらいで、スーツをしっかり着ていて、何より優しい目をしている。第一印象で頼れる人だと感じた。
「車はあっちだ」とオネカが歩き出す。僕はちょっとだけ学んだスワヒリ語を思い出し、タクシードライバーに「アサンテ!(ありがとう)」と言ってみた。
「カリブ!(どういたしまして)」と笑いながら彼が応えてくれ、オネカも「Good!」と言ってくれた。不安でいっぱいだった心がちょっとだけ安らぐ。
ちなみに旅をしていて感じたことの一つに、「こんにちは」「おいしい」「ありがとう」だけは現地語で言うべきだというのがある。数日間の旅で現地語を色々覚える必要はないが、この3つを現地語で言うだけで、かなり喜んでもらえるし、サービスが良くなったりする。
駐車場に行き、オネカの車に乗り込む。ワインレッドのトヨタ・ノア。窓やサイドミラーには盗難防止のため全てに車のナンバーが書き込まれている。
オネカも運転席に乗り込み、エンジンをかける。そしてノアが言う。
「ETCが挿入されていません。」
えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
ゲシュタルト崩壊しそうなほど「え」を書いたが、本当にこれぐらいの衝撃だった。日本から遠く離れたケニアの地で、まさか初日に車で日本語を聞くなんて思っていなかったから。
ケニアの車はほとんどが日本から輸入したトヨタ(たまに日産)の中古車のため、省エネ減税のシールは貼ってあるし、車内の案内諸々は日本語で書かれている。備え付けのカーナビももちろん日本語である上に、日本の地図しか見られないからほとんど役に立たない。大抵音楽プレーヤーと化している。
僕の表情を見てか、オネカが「イエス。ジャパニーズ。」と笑って言いながらアクセルを踏む。そして車は駐車場を出てナイロビ市内へと向かう。
インドからケニアへ向かうとき、僕は更に荒れ果てた場所に行くことを想像していた。村に行ってからはそれも強ち間違いではなかったのだが、この時点では全く逆の感覚だった。
空港から市内への道はアスファルトで綺麗に舗装され、オレンジ色の街灯が等間隔に道を照らす。数台の車がちゃんと交通ルールを守って走っている。そして何より、静かだ。
道が静かであることがどれほど素晴らしいことなのかということに、この時僕は初めて気づいた。インドは国民総あおり運転社会だから、常に渋滞しているし、常にみんながクラクションを鳴らしていてとにかくうるさくて仕方がなかったのだ。
「アフリカのイメージとはかなり違うね」と僕が言うと、オネカは「みんなそう言うね。」と答えた。
「アフリカ」と聞けば、想像するのはサハラ砂漠や、全く舗装もされていない道を裸足の子供達がバケツを持って歩いているようなイメージだと思う。そして「ケニア」と聞けば、想像するのはマサイ族のようなイメージではないだろうか。
ナイロビは都会だと予め聞いていても、実際目にするとやはりその発展ぶりに驚いてしまう。空港から市内までの道は、新千歳空港から札幌に向かう道とよく似ていて、懐かしい気持ちになった。もちろん、その道沿いにサファリがあるというのは「ケニア」らしいのだが。
車は30分ほど走って、YMCAの宿舎に着いた。ボランティアをする村には3日目に向かうことになっていたため、1日目と2日目はここが宿になる。
受付を済ませて、オネカから明日の予定を聞いてお別れ。お腹がすいていたので食堂で夕食をとる。米もでてきて、普通においしかった。
Wi-Fiがロビーでしか使えなかったため、ロビーの椅子に腰掛けて、家族や友人に無事を報告。YouTubeとかちょっと見ようかと思ったけれど、疲れていたことと、意外と寒かったこともあり、部屋へ行った。
部屋はツインルームの一人使用。水が少し出にくかったけれど、それはもう旅の中で十分慣れた。
なかなかお湯にならないシャワーを浴びて、ベッドに潜りこむ。移動で疲れた体を休ませ、よし、寝ようと思った矢先に…
鼻血だ。
僕は旅の中で、この鼻血というやつにかなり悩まされた。中学時代に鼻を骨折した僕はかなり鼻血が出やすい体質になってしまい、それが気圧を急激に変化させる飛行機と相性最悪なのだ。
「マジかよ…」と思いながら、近くにあったトイレットペーパーをちぎって丸めて鼻に詰めて、取り出してを繰り返す。
蚊帳の中で、鼻血の処理に勤しむケニア最初の夜。22年の人生の中でもトップクラスにわけのわからない夜だった。
けにあもん vol.1
2019年9月30日11時05分、僕はエチオピア航空641便に乗って、インド・ムンバイのチャットラパティー・シヴァージー空港からケニアへと出発した。
アフリカ。それは僕の中学生の頃からの憧れだった。知り合いがいるわけではないし、何かで詳しく学んだりしたわけでもない。けれど、「アフリカに行きたい」という想いだけは間違いなくずっと持ち続けていた。
きっかけは中学の道徳の授業だ。その日、先生が持ってきたのは、アフリカで児童労働を強いられている子供達のビデオだった。1日に何時間も働き、ほとんど食べ物は与えられない。もちろん友人もいない。彼らは固い板の上で眠り、人生に絶望していた。
同級生たちが口々に可哀そうと言う中で、僕は可哀そうという感情以上に疑問を感じていた。なぜ、僕には安心安全な暮らしがあり、彼らにはないのか。僕は努力してこの暮らしを手に入れたわけじゃない。偶然、僕は日本に生まれ、彼らはアフリカに生まれた。ただそれだけのことが、大きな違いを生み出していた。よく使われる言葉だが、「宝くじ」のようだと思った。
じゃあなぜ、「宝くじ」のような状況が生まれるのか。彼らの世界の何が、僕の世界と違うのか。知りたいと思った。知るためには行かなければならないと思った。だからいつかアフリカに行きたいと思った。
その中でもケニアを選んだのは単純に、ちょうど良いボランティアに参加できそうだったことと、マサイ族にちょっとした憧れを抱いていたからだ。なんか、かっこいいなあと。正直、アフリカであればそれほど国に拘りはなかった。(エジプトやモロッコ、南アフリカは少し話が変わるが)
ムンバイを出発した飛行機はまずエチオピアのボレ空港まで約5時間半のフライト。飛行機の中は黒人とインド人が3:1といった感じ。加えて数人の白人がいた。日本人は僕一人だ。(余談だが、インド人は飛行機の中をよく歩き回る。シートベルト着用のサインが消えた途端にみんな一斉に立ち上がり、立ち話を始め、席の交換を行うのだ。マレーシアからインド行きの飛行機に乗ったときは驚愕した。)
周りを黒人に囲まれると若干の恐怖を感じる。インドでは警戒心マックスで接していたインド人たちに安心感を求めるぐらいに。人種で人を判断するなと口で言うのは簡単だ。しかし実際にその現場に飛び込むと、肌の色や人種の力は大きい。(僕は決して差別主義者ではない。かといってこの感覚が正しいわけではないし、その点についてはケニアでの生活を通して徐々に自分なりの考えができたので後々まとめて載せる)
飛行機の中では数人のエチオピア人に話しかけられた。20代の東アジア人がインドからエチオピア行きの飛行機に乗っていることが珍しかったのだろう。突然話しかけ、ケニアに行く理由など一通りの質問を終え、握手して席に戻る。テンションの高さも、人懐っこさも、イメージ通りのアフリカだ。
機内食はヤギ肉。正直美味しい機内食ではなかったけれど、インドでヤギ肉をちょくちょく食べていたから、特に抵抗感もなく、普通に食べた。
ちなみにエチオピア航空のチケットはかなり安いのだがLCCではないため、機内食もあるし、映画も見れる(トイストーリー4を見て、ひとりで泣いた)。日本の映画や音楽も少しだけ入っていたのには驚いた。
飛行機は14時にボレ空港に到着。そこから2時間程度の待機。プライオリティパスを使えるラウンジが無かったため、空港の微弱なWi-Fiを使って家族・友人に連絡を取る。インドでは日本との時差が3時間半だったが、ここからは6時間。かなりのズレだ。ケニアに着く頃には日本が深夜になってしまうため、とりあえずの無事を伝える。
そして16時05分、初めてのアフリカに胸を高鳴らせている僕を乗せたエチオピア航空306便はボレ空港を出発し、ケニアの首都ナイロビに位置するジョモ・ケニヤッタ国際空港へと向かった。
最近の新型コロナウイルスの影響によって大学が5月まで休みになり、忙しくなるだろうと予測していた就職活動も落ち着いてしまい、思った以上に暇ができてしまったため、ケニアでのボランティア生活のことを、滞在中書いていた日記をもとにまとめてみようと思う。自分の経験を整理するためのものだが、家から出ることができず暇なみなさんに読んでいただけると嬉しい。(友達のほとんどは就活生と新社会人だから難しいかな・・・)
ちなみにタイトル「けにあもん」は、漫画「ばらかもん」から拝借した。主人公が半田であることと、田舎で島の人々、特に子供達と触れ合うというストーリーがケニアでの僕の経験と似通っていたためである。
時間があるときに随時更新する予定。
カバディ、ブラッディ!🇮🇳
急いでブログ書いてかないとそろそろマジでヤバイ。もうインド終わっちゃう…
ってことでカバディ観戦記。
カバディ、知らない人も多いのかな。ドッチボールぐらいのコートに、7vs7で人が入ります。
簡単に言うと、片方のチーム(Aチーム)の一人が相手チーム(Bチーム)側のコートに出掛けていって、Bチームの誰かをタッチして自陣に帰ってくるゲーム。BチームはAの選手が帰るのを阻止する。
まあルール説明をブログでするのは難しいので正確なルールを知りたい方はWikipediaへ。
ちなみに相手陣地に出掛けていられる時間は30秒ですが、出掛けている間は「カバディ、カバディ」と息継ぎなしで言い続けなければいけません。途切れたら帰らなきゃいけない。
まあこういうインドの国技があるわけです🇮🇳
コルカタでそれが見れるという情報を得た僕は早速準備してスタジアムへ🏟️
会場はNetaji indoor stadiumというところでした。
近くにはサッカー場やクリケット場もあり、スポーツ用の地区です。
スタジアムについて、では観戦!といきたいところですが、その前に関門が。
まずチケット購入。正規のチケット販売所のようなとこがないので、スタジアム周辺にいるダフ屋から買うしかない。
本来100ルピー(一番安い席)だけど、300とか言ってくる。ごねてごねて100で購入。めんどい。
それからもっと大切な注意点⚠️
もしカバディとか、インドでスポーツを見たい!って方がいたら覚えておいてほしいことがひとつ。財布とスマホ以外なにももっていくな👛📱
基本すべて持ち込み禁止。カバンもダメ。水もダメ。食べ物ももちろんダメ。カメラもダメ。
預けるところもないので帰るしかなくなります。
一緒に観戦にいった方はこれでめっちゃ揉めました。最後は近くの木に隠すという方法でなんとか突破しましたが。
その方が揉めてる間、僕はスタジアムのメッセージボードに日本語書かされたり、警備員とインスタ交換したりしてました笑
てことでやっと荷物検査を突破して試合開始直前に会場内へ!
意外と綺麗!空調効きすぎてて寒い!
安い席はたった100ルピーと言えど、やはり娯楽に金を使えるのは富裕層らしく、会場は快適だし、周りの人も清潔感があり、スマホなども持っていました。
この日みた試合は2試合。1試合約1時間です。
1試合目は地元チームではないようで、みんなテキトーに応援しながら観戦。でも、熱はすごい。
DJみたいのもいて、曲で試合を盛り上げる。
周りのインド人に「お前は赤を応援しろ!」「いや青だ!」など言われながら僕もテキトーに応援。みんな陽気。
試合は前後半あってハーフタイムショーも。マスコットキャラみたいなのがカバディユニフォームをスタンドに投げてプレゼント🎁
1試合目の途中からみんながザワザワしだして、試合とは別の方見てるから何かと思ったら2試合目のチームのアップがスタートしてた。
パトナパイレーツ。ベンガル地方の強豪らしく、試合そっちのけでアップしてる選手に大歓声。
近くのインド人が「あの9番だ!あいつがすごいんだ!ブラッディだ!」と言うので注目することに👀
ちなみに1試合目はいい感じの接戦で終了してた。
そして2試合目がスタート。
こちらがパトナパイレーツ。
この試合。結果はダブルスコアでパトナパイレーツの勝利で終わるんだけど、その理由はただひとつだった。
そう。ブラッディ。
こいつ強すぎ。
ほぼ確実に帰ってくるし、2,3人タッチしてくるし、もうほぼ全てこいつ。
ブラッディが相手陣地にいくともう歓声がすごい。他の選手たちの時とは比べ物にならない。他の選手たちがかわいそうになる。
あまりに強すぎて僕もファンになってしまった。
カバディ、体育の授業でちょっとやったことあったぐらいだったけどめちゃくちゃ面白かったです。
課題があるとすれば、試合終盤に時間稼ぎが多すぎることかな。
日本ではなかなか見ることのできないプロのカバディを是非インドで見てみてほしい!
そしてそのときは是非パトナパイレーツの試合でブラッディを!笑
本場のインド映画みようぜ🇮🇳
コルカタにいる期間が長すぎて一つのページで全部を書くのは無理なので、項目ごとに。
今回はインド映画を見た話です。
インド映画は、コルカタのニューマーケットという地区にあるNEW EMPIRE CINEMAという映画館で見てきました。(写真とり忘れたので、映画館のある通りの写真を…)
宿から少し離れてはいたけど、宿の方曰く、ここの映画館が一番インド人たちのリアクションが面白いとのことだったので、この映画館を選択。
同じ宿に泊まっていた長崎からきた日本人5人組に同行させて頂いた。
まず映画館いくまでに、宿からニューマーケットまでリクシャーに乗ったのだが、そのリクシャーのおっちゃんがマジで陽気な人で面白かった。
「フッカ!フッカ!」と言われ続け、「フッカってなんだよ」と返し続けると、道端で買った「フッカ」を俺だけ手渡された。なんかジャリジャリした石のような感じのもの。
口に入れて、噛んで、飲み込まずに吐き出せとジェスチャーで指示され、少し不安に思うも、同行者もいたので試してみることに。
感想としては、スースーする石を食べた感じ。別に美味しくはない。
後から調べたところ、水タバコの成分のかたまりみたいなものだったらしい。飲み込まなくてよかった…
映画館についてチケットを購入。2階席だと120ルピーぐらい?だったかな。ケチって1階席を80ルピーで購入。
18:10開始の回って書いてたから17:30ぐらいに着いてたんだけど、映画館に入れるのが18:10だったということで映画館の外で待機。開場待ちの人たちで激混み。
時間になって映画館へいざ突入。
さすが映画大国インド。だいたいなんでも汚いのに、映画館はエアコンもきいてて、めっちゃ綺麗だった。
席に座ると予告編がやってて、周りの席のインド人たちもザワザワしてる。
そのまましばらくスクリーンを見ていると違和感を抱き始める。
「あれ?こんなシーン予告編に使うか?」
映画始まってた。特に始まった感もなく、インド人もザワザワしてるし、なんならまだ出入りしてたりするしで気づかんかった…
見た映画は「SAAHO」。アクション映画。
全編ヒンドゥー語で英語字幕とかもないから、完全にストーリーを把握できた訳じゃないけど、俺が把握できた限りでストーリーをざっくり説明すると
どこかの開発計画的なものの契約書(裏社会のボスが政府の人に無理矢理サインさせたもの。それがあると権力を強化できるっぽい。)が入っているブラックボックスを奪い合うストーリー。
裏社会の組織vsその組織の敵vs警察(政府)の三つ巴の戦い。主人公のSAAHOは最初警察側の探偵的な感じで参加してるんだけど、実はそれは嘘で、ブラックボックスを奪った瞬間に警察の敵に。
そこからは警察にいた美女と一緒に逃避行。SAAHOはなんでブラックボックスを手に入れたいんだろうと思ってたら、最後の最後にどんでん返し。実は裏社会組織のボスの息子でした。みたいな感じ。
まあストーリーは置いといて(普通に面白いストーリーだったけど)。
まずインド映画と言えばダンス。やっぱりありました。意外と踊らないなーと思ってたら、突如として始まる。
感覚としては映画の合間にPVを見せられてる感じ。急に歌い出して踊り出して、また映画に戻るから「は?」ってなる笑
そしてなにより面白いのはインド人たちの反応。これは本場で見ないと絶対味わえない。
映画自体が彼らの反応を促すようにできてる。主人公が登場する場面は、粉塵の中、まず足元にカメラがよってスローモーションに。そして徐々に全身が映し出される。
もうこの間に観客のボルテージがあがって、口笛やら掛け声やらがすごい。「フォー!!」って至るところで叫んでる。
ボルテージが最高潮になったのはSAAHOがブラックボックスを奪いに行くシーン。真っ黒な車に乗り込み、バッチリカメラ目線で一言「It's show time」。エンジンをブーン!
このときの観客の歓声がまじですごかった笑
ラブシーンではアメリカンコメディーの合いの手の如く「Oh...」といってたり、ホントにインド人たちの反応がいちいち面白かった。
インドに行ったら是非、インド映画見に行ってほしい。
たぶん一人で行くより、誰かと行ったほうが楽しめると思う。俺もみんなと一緒にツッコミどころを笑いあいながら映画見るのが楽しかったから。
ある意味、あーやって話しながら映画みれたほうが映画デートとか雰囲気よくなりそう笑
一緒にいってくれた5人には感謝。いつか長崎に会いに行きたいねぇ。
ということでインド映画レポートでした。次回はカバディレポートかな。
コルカタでボランティア🇮🇳
インドはコルカタへ行きました。クアラルンプールから飛行機でびゅーんと✈️
コルカタに来た目的はただ一つ。マザーハウスでのボランティア。
コルカタ(カルカッタ)は観光地ではないです。ほぼ唯一有名と言えるのがマザー・テレサ。そして彼女が作ったマザーハウスを始めとする沢山の施設。
コルカタではそういった施設で手軽にというと少し変だけど、簡単にボランティアに参加することができる。
というわけで僕がいった施設がこちらのPREM DANというところ。Park Circusという駅の近くでマザーハウスから徒歩25分ぐらい。トゥクトゥクなら10ルピーで10分ぐらいで着くところ。
申し訳ないけれどこの記事では写真はほぼなし。なぜなら施設内での写真撮影がNGだから。観光ではないよってことですね。
僕はここで約2週間ボランティアをしました。この施設は老人ホームみたいなところなので、選択物干しや食器洗いのような雑用から、食事や着替えの介助、車イスでの移動など様々な仕事をこなしました。
最初のころは、コミュニケーションもとれないし、何をすればいいかもわからず、とても疲れました。スタッフも手取り足取り仕事を教えてくれる訳じゃないので。
それでも毎日通えば、ちゃんと仕事は覚えられます。世界各国から来ているボランティア仲間たちと和気あいあいと楽しみながら、施設にすむおじいちゃんたちへの施しができました。
2週間もいる日本人ってかなり珍しくて、大抵の人は1日とか2日とかだけの参加。
もちろんみんな予定もあるし仕方ないことだけれど、長くいることで見えるものは沢山あるので、予定が空いてるなら長くやることをおすすめします。
1日だけ参加の人がよく言っていたことに、「マザー・テレサの施設なのにスタッフの人が優しくない」というのがありました。確かに僕も初日はそんな風に感じました。
けど、それは全然違います。確かに彼らは僕らに優しく仕事を教えてくれることは少ない。でもよく考えてみてください。1日しか来ない人にわざわざ優しく仕事を教えますか?
ほぼ無宗教の日本人がこの施設でボランティアをする目的はある種の社会勉強であり、やはり結局のところ観光のひとつ的な部分が大きい。
けれどスタッフたちにとってはここがリアルなんです。彼らは懸命にそのリアルと向かい合っている。
そこにふらっと日本人が一日だけ軽くやってくるのは、それにより助けられている部分があるとしても、複雑なものだと思います。
わりと長くボランティアをしていた僕には彼らの接し方も変わってきました。是非、一日だけでなく、少し長くボランティアをしてみてほしいと思います。
僕はボランティアを通して、インドのリアルに触れることができました。外国人たちと働くこともできました。インドのおじいちゃんたちの温かさ、讃美歌の美しさも知ることができました。
全てを言葉にするのはとても難しいですが、自分の人生においてとても貴重な経験をすることができたと心で感じています。
インド旅行においてそれほど有名な場所ではないですが、是非、ボランティアをしに来てみてください。
英語版も時間があれば投稿しようかなぁ。
大都会クアラルンプールで独立記念日!🇲🇾
8月末、マレーシアの独立記念日に合わせてクアラルンプールに滞在した。
一人寂しい時間を過ごしたプーケットから南へ8時間ぐらいバスに乗って(安いバスだったからくそ寒かったし、なんかエロい色してた)、まずはハジャイという街へ。
ハジャイには朝4時ぐらいに到着。5時まで待ってバスターミナル横の旅行会社でクアラルンプール行きのバスを予約。600バーツぐらい。もっと安いのあったっぽいけどVIPバスの方が快適だし良しとする。
ハジャイは昔テロがあったらしいし、タイとマレーシアの国境付近は危険度も高いので滞在しなかった。
朝8:30のピックアップで市内をつれ回された上で9:30頃にやっとハジャイを出発して12時間ぐらいバスに乗ってクアラルンプール到着。
クアラルンプールでは宿で知り合った中国人のローと旅をした。市内にはいっぱい日本人いたけど、どうせなら他国の人と仲良くなるほうが面白い。
正直、大都会すぎてそんなに面白くはなかった。異国情緒がないというか、国旗があったりモスクがあったりはするんだけど、高層ビルとショッピングモールとかのほうが目立ってて、あんま東京と変わらない。写真はムルデカスクエアってところ。
面白かったのはまずサッカー観戦。行くつもりなんかなかったけど、時間的に行けそうだったから急遽ひとりでスタジアムへ。
マレーシアvsヨルダンという関係無さすぎる試合だったけど、観客の盛り上がりとスタジアムの美しさに圧倒された。もっとこの国でサッカーを盛り上げられたら面白そう!
電車の駅から直結でいけるし、チケットは余裕で当日に買えるから、興味があれば行ってみるといいと思う。スポーツの力を改めて感じた。
それからもう一つ面白かったのが冒頭にも述べた独立記念日ムルデカ。
プトラジャヤという町でパレードが行われると聞きつけて、朝早起きして移動。人生ではじめて(ディズニーを除けば)パレードを見た。
みんなで国旗振ってて、軍隊が行進して、戦闘機が爆音をたてて飛び回って。関係ない人間だけど結構興奮した。
危険な感じもなかったし、タイミング合わせられるならこの時期にクアラルンプール行くといいかも。
ちなみにプトラジャヤではついでにピンクモスクにも行きました。特になにもないけど可愛いね。
てな感じ。こっからインド。インドは長いから、場所ごとじゃなく書きたいこと書こうと思う。
まあ、書いてる今はもうインドで20日ぐらい過ごしてるんだけどね笑
一人は寂しきプーケット🇹🇭
結構前のことになってしまったけど、プーケットというタイのリゾートに行ってました。
シェムリアップからバンコクに戻って、一泊だけして、サイタイバスターミナル(バンコクの南のバスターミナル)へ。
フリーWi-Fiがないからカフェでコーヒー頼んでWi-Fiのパスワードをもらい、時間を潰した。
バスはバンコクからシェムリアップへいったときと同様にThaiTicketMajorで。少し高いのかもしれないけど快適だった。2~3000円ぐらいだったかな。
バンコクからバスで約13時間、朝の7:00にプーケットバスターミナル2に到着。そのままプーケット→ハジャイのチケットだけ買って、バイクタクシーでパトンビーチに移動。このあたりはバスとかがないらしい。
バイクタクシーはハノイと違ってヘルメット貸してくれないし、雨のなか山道を登るしでめっちゃ怖かった。けどバイクだと250バーツ、車だと500バーツもするから仕方ない。
そんな感じでパトンビーチに到着。旅はじめてのビーチリゾート。
凄く気持ちのいいところだった。けれど、正直書くことそんなにない笑
まず一言でプーケットの旅を述べるなら、「寂しかった」
もちろん宿の人と仲良くなったし、一緒にフリーダムビーチっていう綺麗なビーチに出掛けたりもしたのは楽しかった。
けど、ビーチリゾートってやっぱり友達とか恋人と来るところだね。みんながわいわいイチャイチャしてる海辺を一人、PV撮影の如く歩くのはめっちゃ寂しかった笑
寂しすぎて折り紙してた。
パトンビーチにはバングラー通りっていうクラブが集まる場所がある。セクシーな水着の女性がたくさんいて、奥に行けばストリップショーとかもあるらしい。
けどやっぱリゾートなだけあって食事やお酒の物価は高い。シェムリアップで0.5ドルでビール飲んでたからなおさら高い。結局サッカーみるためにスポーツバーにいくぐらいしかやることなかった。
なので大抵は適当にビーチをぶらついてって感じ。夕方や夜のビーチは静か綺麗で、ハンモックに揺られてると天然のクーラーを浴びれて凄く気持ちよかった。
それからジャンセイロンっていうショッピングモールにはいっておいた。
お土産とフードコートとって感じでそんなに凄く面白いわけではないけど、夜7時と9時にやる噴水ショーはすごかった。
水をスクリーンにして映像を写すのは必見。
まあそんな感じでほぼ海辺を一人寂しく歩いてたプーケットでした。もっとお金あるときに友達か恋人と改めて来たいね。一人旅の間はもうリゾートはいいや笑
ちなみにタイで見つけた俺おすすめのカップ麺。何味かはよくわからないけど15バーツぐらいで激安。お試しあれ。
てことで東南アジア最終目的地のクアラルンプールにいくため、まずはタイの南側の街ハジャイへ。